石清水八幡宮の神様のご利益は
特に勝負運がお得意なんだそうですが、
子孫繁栄も得意なのだそうです。
神様の得意なご利益別にまとめられた
識子さんのこちらの本に載っていました。
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石清水八幡宮の神様は
本当に宇佐神宮から来られているそうです。
この神社には昔、たくさんの武士が参拝されたようで
合戦に行く前の武士の気持ち
お宮参りでは、どのように願えば
神様が手伝ってくれるのか、ということ
神社で急に眠くなった場合や
神様の性質や雰囲気
戦いに勝たせるために
”人を殺す”
という部分に、協力しているのか?
など、神様が教えてくれたこと
どのような神様が視えたのか等について
興味深い内容を、こちらの本で知りました。
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そのような神様なら会ってみたいと思っていて
今月の1日にやっと行くことができました!
もらったパンフレットの境内図です。
赤い矢印部分が、境内に一番近い無料の第三駐車場。
黒く✖をつけた場所は展望台で
その左横に、ケーブルカー山頂駅があります。
この✖をつけた場所は、オススメできないそうです。
それについては識子さんのこの記事に載ってます。
石清水八幡宮
詳しくは書かれていませんが
霊視でよくない場所なのだと思います。
ケーブルカーを利用される場合、お気をつけくださいね。
ブルーの矢印の場所は最後の方で説明しています。
ということで、第三駐車場から
食事・休憩所がある石翠亭の横道から参道へ入りました。
右を向くと、長っつ!!
三の鳥居がある方向で、遠いのでこのまま本殿へ。
左を向くと、わっ、と華やかな感じ。
スッキリしていて派手さが伝わってきます。
落ち着いた雰囲気があるけど
キラキラ感も感じ、なんかすごい、と思ってしまう。
神様のすごい歓迎サインを、後でもらえるとも知らず
この時は、のんびりと、たっぷりと、癒されていました。
本殿から太鼓の音と祝詞が聞こえてきて
心地よい日差しを浴びながら耳を傾けました。
ちょっと前の私なら
紫外線を気にして、太陽の日差しを避けていましたが
最近は、日差しを浴びる大切さを学び
程よく浴びようと思えるようになりました。
本殿の左側から周り始めると
塀の外に楠木正成さんが必勝祈願で奉納の大楠があります。
700歳を過ぎているみたいです。
本殿裏の摂社末社エリアです。
識子さんの本で、特に元気になるいいエリアということで
長めにウロウロして、神様への長話はここでしました。
北総門で、本殿真裏を撮ってみました。
裏側が神様に一番違いです。
鬼門封じを見て、授与所の辺りまで戻り
さぁ、帰ろうかと思った瞬間です。
そばにいたおじさんが
ちょっとちょっと、こっちに来て!と言うのです。
神社の関係者の方でした。
これは神様の粋な歓迎サインでした。
パンフレットなどには載っていないことまで
お話を聞けたので、それについても書こうと思います。
”本殿の左手にある神楽殿の端っこに立って”
と、言うのです。
はぁ~
と思いつつも夫と並んで本殿に向かって立ちました。
そこから、この写真に小さく写っている樋(とい)を指さします。
信長さんが寄進した金の雨樋ですが
信長さんは木の雨樋は早く腐るので、腐らない物で作りたいと
金で作ったのだそうです。
この金の樋は22メートルもあるそうです!
なんと太っ腹なと思いましたが
識子さんの本で、信長さんは頭を下げる参拝はせず
ビックリする祈願方法が書いてありましたので
叶えてもらったお礼が粋なのも信長さんらしいと思いました。
ズームでぼやけない程度に撮れました。
わかりますでしょうか?
金の太い横棒に見えるのが樋ですが、このように輝いて見える時間は今!
というのです。
午前中に来ても見られないと言います。
輝いた金の樋が見られるのは
太陽が出ている、この時間のみの
樋に光が当たっている希少なタイミングだそうです。
時間をみると14:20過ぎでした。
太陽の角度などでも時間帯は変わると思いますので
チャレンジされたい方は
早めのスタンバイがよろしいかと思います。
本殿正面の上に向かい合ったハトがいます。
その裏側に、じつは家紋があるのですが
中央が、なんと徳川家の紋章なのです!
気づく人はいないと言われましたが
わかりにくい場所なので
ここも教えてもらわないとわからないと思います。
豊臣家、織田家、徳川家とも
みなさん修造や造営などに関わっているそうです。
紋章の続き話になり
石清水八幡宮の紋章には少しだけ
このように逆紋章があるのだそうです。
ここからは見えませんが
神様の前にも逆紋章があると言っていました。
日光東照宮の門の柱模様も1つだけ
下から上に逆になっているそうですよ。
逆にした理由は
一か所だけわざと間違えて社殿を作ることで
完成させないようにしている。
完成させると、あとは衰退していく、朽ちていくだけ。
未完成のうちは、ずっとまだまだこれから、という
永遠に朽ちない、というゲン担ぎで完成させていない
と、昔の人は考えたのだそうです。
信仰心ゆえの知恵でしょうか、素晴らしいです。
そして参道にある石の横ライン
昔はここが南総門の門だったという印だそうです。
境内を逆に撮った写真で見ると、赤い矢印部分になります。
また参道が、不自然に斜めに作られているのは
神様に真正面からずいずい進むと失礼で
帰りには、お尻を向けるのも失礼だから、ということでした。
敷地に広さがある、他の神社でも
回り込む作りになっていたり、手前に拝殿や舞殿があったりと
知らない人でも失礼を避けることができるように
実は工夫されているのだそうです。
伊勢神宮なんかは計算しつくされているそうです。
確かに伊勢神宮内宮は本殿まで遠くて
超周り込みますし、一方通行でした!
そういえば、パッと浮かんだ伏見稲荷大社や下鴨神社
八坂神社、出雲大社には中央に拝殿などがありました!
本殿内部の東門の上にある彫り物は、キリンとバクだそです。
下の写真は西門の上にあり、サイとゾウですが
どれも当時は全て、話を聞いて創造で作られたのだそうです。
普段は南門のみしか開けていませんが
なんと東総門を突然開けてくださいまして、信長塀の厚み
を実際に見せてくださったのです!
すごいですね~こんなに塀が分厚いとは思いませんでした。
普段は使わない塀のような門ですが
敬意を表すために門にしているのだそうです。
東は伊勢神宮への敬意だそうです。
扉の向こうはどうなっているのかな?
昔の人はいろいろな門から出入りしたのかな?
塀は、戦い等で登ったりされてないのかな?
なんて、境内散歩中に、何気なく考えてはいたんです。
まさか、扉を開けて頂けるなんて~
良く見なさい、実際はこうだったよって
神様が教えてくれたみたいです。
これは400年前の灯篭なんだそうです。
そんな前から日本には、これを作る技術があったんですね。
灯篭の奥の本殿の塀は、現代で修復した塀の部分で
その石垣の中には昔の本物の石垣があるのだそうです。
大阪城も同じだそうです。
そして、右写真の木はなんと
1円玉のモデルとなった木なんだそうです!
招霊の木(おがたまのき)
幹のコケが剥げているのは
ここに1円玉をくっつけて行く人が多く
そのせいで緑が剥げてしまっているそうで困っていました。
この日も貼られた1円玉を回収した後だったので
写真では写っていませんが・・
そしてこの木の、枯れた実しかなかったのですが
巫女さんが使っている、巫女鈴は
昔は、この木の実を使っていたそうです。
その形から、あの巫女鈴になったとのことで
もう、あれよ、これよと、知らないことを
これでもかーと言わんばかりに教えてくださって
感動しまくりです。
ここは摂社末社の一番右となる若宮殿社の右角
鬼門封じに位置する北東角の塀です。
数年前の大型巨大台風で、信長塀が崩れ落ちたのだそうです。
門を開けてくれて、信長塀を横から見た通り
あんなに分厚い塀なのに、地盤が緩んだのでしょうか。
当時の工程で作りを再現して完成させたので
右写真の古い壁が、壊れていない部分の現在ですが
左写真の綺麗な壁は信長さんが完成時にみた壁と同じ
とのことで、時空間を超える楽しさに浸りました。
そしてここは本殿真裏の北総門です。
ここは道がありませんでした。
北は京都御所への敬意だそうです。
この時間はもう夫と私とおじさんの貸し切り状態だったからか
おじさんが突然こう言いました。
普段はこんなにガラガラじゃないんだよ。
人がひっきりなしに参拝に来て賑やかなんだよ、と。
コロナがあってから空いているようです。
最後に西総門も開けてみせてくれましたが
写真を撮っていませんでした^^;
北総門と同じく道がなく、写真はいっかと思った気がします。
西は九州にある宗像大社から神様を勧請したときに
淀川から上がり、川の向こう岸で社殿の完成を待っていた
という、その方向だそうです。
私達が参拝で通る南総門は、奈良の平安京への敬意だそうです。
門を出たら左手、玉石のあるところは
神職さんがお清めする神聖な場所なのだそうです。
その横あたりには立派なカヤの木がありまして
神社にカヤの木が多いのは、カヤのロウが灯明の燃料油になること
また、神社に楠も多いのはナフタリンといった
防虫効果があるため、ということも教えて下さいました。
もう、は~ほ~と感心するばかりです。
それからそれから、えぇ、まだまだ続きますよ。
ここは書院で、閉まっていた門を
おじさんが女性にアイコンタクトのような感じで
ささっと書院を開けて見せてくださったのです!
右側にある灯篭は750年前からあるそうで
一番古いと言ってました。
また、書院の参道の前に止めた車を降りて
天皇陛下が書院の奥の部屋に入られたという
写真を見せて頂きました。
他には、総理大臣や皇族の方が使われる
貴賓室レベルの書院のようです。
もう、合掌していた気がします。
三の鳥居の手前にある、一ツ石(勝負石)です。
武士が馬でここから競争をしていたそうで
競馬の始まりと言われているそうです。
お百度詣りのコースにもなっていて、すごく遠いと。
確かに遠いと思いました。
それから参道を左に外れて、まっすぐ進むと右手には
楠木正成さんが寄進したという、もう一つの楠があります。
正成さんが、境内に寄進した楠よりも大きなご神木。
境内図の写真のブルーの矢印の場所です。
このご神木に触らせてあげると、連れて来て下さったのです。
ええ~~~~っつ!!
御神木に触るだなんて、失礼過ぎて、それはムリー!!
と心で叫んでいました。
御神木を触ってはいけない理由が
識子さんのこの記事に書かれています。
ご神木
このご神木は参道を外れているので、ここは境内ではないのです。
この記事を書くにあたり、昨日知ったばかりですが
右のご神木のライブ写真が
上から下へ、ベコベコと空間が歪んで撮れていました。
やっぱり高波動(T0T)
でも、おじさんのせっかくの好意を無にもできない。
まてよ、よくよく考えたら
これは石清水八幡宮の神様のサインによる、お導きのはず。
ということは?境内ではないし、良いのかしら?
短時間で、頭の中は高速回転で悩みました。
おじさんが、どうぞと、目の前でニコニコ触るのを待っています。
識子さんがこう言ってますので遠慮したいです
とは、どうしても言えません(;;)
ここで腹を決めました。
境内ではないし、神様が導いてくれている。
私がこのブログに書くことも知っている。
神域の外にある高級霊が宿ってない、高波動なご神木
だからエネルギーをもらって行きなさいと言ってくださっている。
と思うことにして、御神木に、ひとこと誤ってから触りました。
石碑の後ろにあるのが御神木の楠で、立派なのがわかるかと思います。
おじさんとは、ここでお礼を言って、お別れしました。
この楠には毎年、フクロウが小作りしているのだそうで
今年も今がちょうどその時期なのだと、おじさんが言います。
運が良ければ、お父さん、お母さん、子供のフクロウが
並んで見れるときもあると言ってまして
この楠の茂みで、ちょうど写真を撮っている人もいました。
三脚を立てながら、その瞬間を待っている方に
教えてもらい撮ってみましたが
楠はでかくて距離が遠くて
見つけたフクロウも肉眼では小さすぎです。
一つ上の右の赤い矢印の写真をズームしても
こちらの左写真の大きさでぼやけます。
三脚の方が捉えているカメラに写っているフクロウさん
これを携帯で撮らせて頂きました!
おぉ~可愛い~💛
アオバズクというフクロウだと、おねーさんが言ってました。
これはお父さんだそうです。
お父さんがいる、横の木の幹に穴があって
その穴にお母さんと子供のフクロウがいるようです。
お父さんフクロウはじっと、敵から守り見張っているそうです。
最初は後ろ向きでしたが、こっちを向いてくれたので♬
おねーさんは親子で見たそうで
私達も少し粘りましたが、諦めました。
結構な市街地なのに、フクロウがいるって驚きました。
ご神木の波動の高さが、居心地良いのでしょうね!
ご神木も守ってくださる愛を感じました。
長文になってしまいましたが
おじさんが、事細かに説明してくれたことは
識子さんが本で教えてくださった
石清水八幡宮の神様の性格そのものが出ていました。
おじさん、有料レベルなナビゲーターを
1時間も無料でしてくださったという
ありがたすぎた参拝となりました。
最後までお読みくださり
いつもありがとう存じます。
これから石清水八幡宮へ行かれる方へ
沢山の方が、ご加護を今まで以上に頂けて
より運が良くなり、笑顔でいられる日が長く続きますように!
石清水八幡宮
京都府八幡市八幡高坊30